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紛まがふことなく、それは神原喜作だつた。
「挨拶みたやうなことはもうしたかの」
「獲とれましたか」
徳次はすつかり感心したとも、又その反対ともとれる云ひ方だつた。
控へ目に坐つて、注いだ茶碗を盆の上に揃へると、
その時やつと、男は少しうなづいた。そして背中に負はれて出て行つた。
低地になつた野菜畑の間を抜けて、まるでどこかの城跡の石垣めいた、頑丈な円石を積み重ねた堤防の上に次第上りに出ると、いきなり目の前に、日を受けて白く輝き、小山のやうに持上り、凹み、或る所では優しげになだらかな線を引いた、だゝつ広い河原の拡がりが現れて来る。
「へえ。――わし達は小倉組の者ですが、ちよつと怪我人ができましたよつて、せんせいに御面倒かけに上つたんですが」
正文はその傍に近づきながら、他の用事で来たついでのやうに云つた。
さう云ひながら、盛子はゆつくりと喰べていた物がまだ口の中に残つているような無邪気な顔をした。
そのとき、女房に命じて、温泉を加熱する装置を施してもいいか、ときかせると、
「誰かと思つたら――」
道中は別に変ったこともなく、根津の主従は箱根の湯本、塔の沢を通り過ぎて、山の中のある温泉宿に草鞋わらじをぬいだ。その宿の名はわかっているが、今も引きつづいて立派に営業を継続しているから、ここには秘しておく。